桐生_花王さんのデジタルマーケティングの取り組みは2004年頃開始とお聞きしております。大変早かった印象ですが、いかがでしょうか。
佐藤_細かいことを言いますと若干違って、当時はデジタルマーケティングではありませんでした。2004年はデジタルマーケティングという言葉は世の中になかったですし、ビッグデータ、データサイエンティストなどもありませんでした。それまでも花王の中では様々な領域でデータの活用はできていたと思いますが「もっとマーケティング領域において専門的にデータを扱う活動をすべき」と提案した幹部がいまして、その幹部のもとに召集されたプロジェクトがありました。それが始まりです。
ツールやシステムは導入されており、マーケティングデータ分析の仕組みはあったのですが「もっとローデータに近いところからデータをハンドリングして事業に貢献する」という目的でスタートしました。当時はまだマスマーケティング全盛期でしたが、データを活用しマーケティング活動を最適化したいという幹部の思いもあり、その時からマーケティングのデータ分析に携わっています。
当時は、今のようにID-POSもSNSの分析もありません。ID-POSのデータは生まれていたかもしれませんが、分析は着手できていませんでした。もっとマクロ的な分析が多く、私は情報システム部門出身ということもあり、データ分析の統合プラットフォームを作る業務をやっておりました。
桐生_業務効率化や文書管理などを中心とする情報システム領域から、マーケティング領域に踏み込みデータ活用をするまでのはしりと言いますか、それが2004年だったということですね。
佐藤_はい。花王に明確にマーケティング専門のデータ解析部隊ができたのはプロジェクトが発足した2004年だと思います。
桐生_ID-POSや、SNSの口コミなどの非構造化データの分析を始めたのはいつ頃でしょうか?
佐藤_確か2000年代の後半ぐらいです。ID-POSのデータ分析環境も少しずつ整ってきていました。非構造化データはブログに投稿された文章を分析していました。facebookやTwitterなどSNSを日本で聞くようになったのは2000年代の後半以降で、その頃から分析対象も徐々にブログからSNSに変わっていきました。
桐生_iPhoneが登場したのも2000年代後半でしたよね。その2004年から現在まで15年が経ち、これから本格的なデジタル時代に突入していくフェーズです。市場の主導権シフトや、ビジネス構造の変革が起こり得る時代と言われていますが、そういう時代が来るということは予見されていたのでしょうか?
佐藤_私が業務をすることになった2004年には全く予想していなかった内容です。ただ、2000年代後半から2010年あたりになって何となく想像はしていました。様々なビジネスやサービスがタケノコのようにどんどん出てきて、生き残るのもあれば、誰かにとって代わられるものも出てくる。というように、ビジネスの変革は局所的に早く生まれている領域があると感じています。
桐生_では、組織についてお聞きします。データ活用、データ分析に始まり、今はデジタルマーケティングの専門部署ができてそれが再編されてきている、とお聞きしました。この15年を振り返っての所感はいかがですか。
佐藤_私が担当するデータ分析としての所感になりますが、当初はID-POS、SNSやカスタマーレビューのような口コミを分析することはあまりなかったのですが、2000年代後半から分析するようになりました。その頃から分析の仕方、プログラミング言語などもどんどん変化していると思います。関連する情報を常にキャッチアップして、どのように業務に活かせるかを考え、常日頃から“筋トレ”していないと、いざという時に活動できないと今でも思っています。
桐生_具体的にはどのような努力でしょうか?
佐藤_例えば、オープンソースの言語でいえば「R」や「Python」などがありますが新しい関数ができたりどんどん進化していますよね。その変化に対応していく。つまり、情報を定期的に入手する、ハンズオンで自ら試す、そして必要なものをどうやって記録に残すかをルーティンでやっていないと筋肉質になりません。それを怠っていると取り残されていくという危機感を2010年代前半頃から感じはじめていました。新しい情報を入手してどう活用できるかを考えるようなこともやっていたかなと。
桐生_なるほど。2014年には花王さんにデジタルマーケティングの専門組織が誕生したということですが、それはいかがでしょうか?
佐藤_それまでは、デジタルコミュニケーションセンターという部署がありました。この部署が発展しデジタルマーケティングセンターとなったのですが、それが2014年でした。その時できたのがデジタル広告メディアを取り扱うチーム。それに、自社サイトを運営する基盤を構築するチーム。もう一つはECにおいて戦略を立てるチーム。そして現在私が担当しているデータ解析をどう進めるかを考えるデータサイエンスチーム。この4チームが一緒になってデジタルマーケティングに取りかかりました。その後、部署名はデジタルマーケティング部に変わりました。
桐生_さて、業界的な話になりますが、デジタルマーケティングという言葉なのですが、多くはデジタル広告運用でしたりツール活用といったような施策運用や業務効率化のことを指して言われることが多く、発信する人たちもこれをビジネスにされているベンダー、エージェンシーの人たちが多いと思います。この言葉に対して、花王さんとしてはどのように捉えていらっしゃいますでしょうか?
佐藤_実は今年になってデジタルマーケティング部という部署はなくなりました。「これからはデジタルを活用するのが当たり前」、やっていることはこれまでのマーケティングに加えてどうデジタルを活用していくか、各部がデジタルを普通に活用する組織に向けた再編がありました。
ただ、業界や、弊社の中を見渡してもデジタル活用というのはどうしても広告まわりのことが目立ってきている気がしていますが、これは桐生さんも感じられているように過渡期なのかなと。本来ならばデジタルを使って、どのように自分たちのビジネスをドライブしていくかを考えなければならない。それがまだ明確に定まっていなかったり成功体験を多くの人が経験しておらず、まだまだビジネスに大きなインパクトを与えられてない限定的な活用になっていると思います。
桐生_そんな流れがある中で、花王さんは非常に進んでいる印象があります。多くの企業が過渡期から抜け出せていない、暗中模索が続いている状況だと感じます。これはどういう理由があるとお考えでしょうか?
佐藤_いくつか理由があると思いますが、一つは成功体験が少ないということ。これは、これまでの仕事のやり方とは違うことをやらなければならないので、当然成功体験は自分たちが作らなければならない。つまり、先生がいないわけですよね。自らがフロンティアになっている状況です。新たなことに挑戦したり実行している方々は、今後どうしていくか様々な提案をしていかなければならない。それを事業やビジネスとして意思決定する人たちは成功例を経験していないため、アドバイスができなかったり判断が遅くなるといった理由が重なり、仕事の大きな変革や、デジタルでドライブしてビジネスを成長させるというアイデアが生まれにくく実行されにくい状況だと思っています。
桐生_そうなると、今まで積み上げてきたマーケティングと、これからのデジタル時代のマーケティングのギャップが大きいのかなと。
佐藤_とくに日用品のマーケティングのギャップは大きいと思います。デジタルに関して私の場合はデータ活用が専門ですが、データ自体は生まれやすく入手しやすくなっています。数年前に比べると格段にデータの量は増えていますが、仕事の内容が大きく変化しているわけではなく、ある業務や分析が違うデータソースになったり、複雑な手法での分析に置き換わっている段階です。現段階は、費やしたリソースに比べ得られるようになった新しいアウトプットの量は少ないと思っています。例えば、これまで得てきたものと違うお客様のインサイトが飛躍的に見つかるようなことは起こってはいません。まだまだデータから新たに得られるものは少なく、そこが課題だと思います。
桐生_花王さんはこれまでマスマーケティングで相当な投資をされてきたかと思いますが、マスでは難しくなったリーチをデジタルで補えばビジネスがドライブするというようなことではありません。先ほどおっしゃったように今までやってきたこと、わかっていたことについてデータの精度が高くなったことで、これまでの業務がデジタルに置き換わっていったということでしょうか?
佐藤_置き換わってきたところと、少し勘でやっていたことがデータの裏付けがあって安心したということはあります。ただそれがビジネスを大きく成長させる要因になっているかと言いますと、必ずしもそうではないのかなと思います。
桐生_現在、本質的なマーケティングが可能な環境が、少しずつ日本でも揃ってきているように思う一方、課題があるのではないかと思っています。
佐藤_特に入手できるデータが限定的だと思います。花王は日本では約8,500万人という大きなマーケットを対象にビジネスを展開していますが、様々なデータを集めたとしても対象者全員のことがわかるデータ分析環境を作れるかというと難しいだろうと思っております。現実的には小さなデータしか集まらない。その中で集まったデータを事業のためにどう使っていくかを考えることが重要だと思っており、これから事業を継続的に成長させるために必要な「入手可能なデータ」をどう活用していけばいいだろうか、ということですね。
桐生_データ活用スキルを持っていたりデータが揃っていれば何かが見えるわけではない。逆に言うと、どういう課題を解決したいか、または目的を叶えたいかなどのアイデアや仮説は、人が考える部分ですね。何でもデータに頼るのではなく、人が考えることが未来に向けたアクションには大きいと思いますがいかがですか?
佐藤_そうですね、データというのは過去の記録ですから、そればかりに頼っていては新しいイノベーションは生まれてこないので。データ分析も重要ですが、そこから何を導き出し、何を感じ取って、市場の動きを理解し、新しいビジネスにどうイノベーションを起こすのかは、やはり人が考えなければならないと思っています。
データ分析も必要だと思っているのですが、これまで高度な分析を数多くこなせば良いというスタンスもあったかと思います。それだけではビジネスに貢献できないと活動してわかってきました。事業やスタッフごとに必要となってくるスキルセットも違うので、実際に実行に移そうという時に、どういうスキルセットを持った人がどういう領域で活躍できるかをイメージしながら、組織的にデータ分析集団を動かしていくことができるかどうかが重要だと感じています。
桐生_弊社DATA MIXOLOGYの掲げているビジョンをお話ししますと、「人が本当に必要としているものは何か。これをデータから読み解き、ものづくりの段階からの変革を起こす。」これを目指しています。日本のメーカー企業の多くはものづくりに誇りを持っていると思いますが、一方、顧客とのコミュニケーションや、事業開発に苦戦しているように思います。花王さんは長い間、私たちが目指していることに向き合ってこられたと思いますが、その中でもまだ課題はありそうでしょうか?
佐藤_そうですね、御社のビジョンは素晴らしいなと思います。これからデジタルをデータも含めてどう活用していくかといった時、データを分析してある課題にショットで向き合っていくというようなやり方だけでは持続的に事業を成長させるには、リソースのかけ方も含めて非常に難しくなってくるだろうと思っています。必要なのは、デジタルを利活用してどうやったら自社のビジネスモデルが持続的に成長出来る仕事の仕方に変えていけるかです。でないと、ずっと分析ばかりする部門になってしまうので、そうではないと感じております。
桐生_そういう意味ではデータを分析することから始まり、現状がわかってきて、どういったことをやらなければならないか。事業開発的な要素が人に求められていると言っていいでしょうか。
佐藤_そうですね、求められていると思います。データ解析してもわかることは増えてきてはいますが限定的でありますし、その場での解決には繋がりますが企業として大きく成長させようとすると、これらの視点を持つ必要があったり、そのために必要なインフラを準備したり組織体制を見直すことが求められていると思います。(後編に続く)
Profile
佐藤 満紀 さとう みつのり
所属:花王株式会社 マーケティング創発部門 コンシューマーリレーション開発部 データサイエンス室長
情報科学を学び1990年に花王株式会社に入社。配属した情報システム部門で、メインフレーム、クライアントサーバー、WEBアプリケーションといったアーキテクチャーが変化した時代に社内SEとして数多くの基幹系業務システムの設計~開発~運用を担当したのち、2004年に発足したマーケティング領域のデータ解析プロジェクトに参画。ビッグデータ、データサイエンティストといった言葉が登場する前からマーケティング部門でデータ統合、分析、可視化に取組む。現在は、長きにわたり現場で実践してきた経験、スキル、知見を活かし、データドリブンなマーケティング活動を推進。また、マーケティング部門とIT部門の連携を強めるための橋渡しを行う。
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