桐生_今回は、ワークステーションを中心に法人向け製品・サービスのマーケティングを幅広く担われている、株式会社日本HPの堀井さんをゲストに対談をさせていただきます。宜しくお願いいたします。
堀井_こちらこそ宜しくお願いします。桐生さんとは長いお付き合いをさせて頂いておりますが、いつも良い刺激を頂いており、感謝しております。
桐生_堀井さんとお話していると、マーケティングの色々なアイデアの種が生まれてくるものですから、とても楽しいです。
さて、日本HPは、 2019年第1四半期(2019年1月~3月)・第2四半期(2019年4月~6月)と、国内PC市場におけるブランド別シェアにおいて首位を獲得されました。最初から外資として入ってきたPCメーカーが日本国内で首位を獲られるのは初めてのことでいらっしゃるそうですね。また、法人向けマーケットに絞っても首位だったということでおめでとうございます。
ワークステーションの市場では圧倒的No.1のポジションを11年に渡って維持してこられましたが、ここにきてPC分野でもNo.1となられたとのこと(*1)。「東京生産(MADE IN TOKYO)」という日本HPの独自戦略を土台に、さまざまな施策にチャレンジされてきた成果があがってきているように感じます。
*1:出典:PC Watch記事, 2019/9/5
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/gyokai/1205213.html
堀井_お陰様で、法人のお客様を対象としたビジネスにおいて、私ども日本HPはマーケットから高い評価をいただいており、結果的に今日のマーケットシェアを獲得できております。例えば「東京生産」に関しても、キッティングを東京で行えるようにすることで、お客様のさまざまなニーズに迅速に対応することが可能になっています。そうした点が評価され、シェアが伸びてきているのだと考えております。マーケティングを担当している私としても、高いシェアに甘んじることなく、一社一社のお客様に満足していただくことを何よりも大切にしながら、お客様と共にイノベーションを創造していけたらと考えています。
桐生_さらなる高付加価値を追求されようとしている姿勢に貴社の凄みを感じます。本題に入りますが、「製品カテゴリ別に見たマーケットシェアがどれだけ大きくても、実は、一社一社のアカウント単位でみるとビジネスの潜在的機会がたくさん眠っている」というのも、法人向けビジネスの世界ではよく語られることですよね。
コンシューマービジネスの世界では、マインドシェア、カスタマーシェア、ライフタイムバリューといった概念が生まれ、「一人ひとりのお客様への提供価値を高めることで、利益を最大化する」という考え方が随分と前から一般的になり、多くの企業が実践に移している状況です。先進国経済の成熟化が進行し、法人ビジネスの世界も、そのような考えが急速に広がりつつあると言えます。HPは、1938年の米国での創業以来、オーディオ発振器にはじまり、さまざまな発明をリードしてこられました。もうもはや新しい発明の余地などないように思われるほど様々な文明な利器が普及し尽くしている現代においても、それらを「再発明」する意気込みで世の中に新しい価値を届けていくのだという熱い思いを、コーポレートビジョンを表現する「Keep Reinventing」というスローガンを掲げることで、発信し続けておられますよね。マーケティングにおいても絶えず新しい挑戦を続けるHPの取り組みを拝見しておりますと、そこにも、発明とイノベーションによって新しい世界を創造し続けてきたHPスピリットが息づいているように感じます。
堀井_日本HPの事業には、大きく分けて2つ「パーソナルシステムズ事業」と、「プリンティング事業」があります。それぞれコンシューマー向けと法人向けの両方のビジネスがあります。私は、法人向けビジネスのマーケティングを担当していますので、法人向けビジネスにフォーカスしてお話をさせていただきます。
「パーソナルシステムズ事業」の法人向けビジネスにおいては、業務用のノートPC・デスクトップPC、高度なコンピューティング性能を持ったマシンであるワークステーション、そして、流通小売業種を中心としたお客様向けのシンクライアント・POS・モニター製品のデリバリーを行っています。
マーケットサイズが最も大きいのはPCであるわけですが、激戦です。HPが初めてブランド別で首位となった2019年第1四半期(2019年1月~3月期)の状況で見ましても、2番手は同じ外資系のDELLさん、3番手以降に、(Lenovoグループと言う意味では外資ですが)富士通クライアントコンピューティングさん、NECパーソナルコンピュータさんなどが続きます(*2)。
*2:出典:PC Watch記事, 2019/6/3
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/gyokai/1187862.html
私どもは、グローバルHPとしての技術力・製品開発力・部品調達力はもちろんのこと、(後にHPが買収した)コンパック時代の1999年に開始した「東京生産」によって、日本市場独自の強みがあります。「東京生産」独自のサプライチェーンネットワークと販売店パートナーネットワークの仕組みが、「納品までのスピード」、「万が一の時の部品供給・交換スピード」等の、お客様にとっての重要な価値を提供する基礎となっています。こうして日本HPが育ててきた「MADE IN TOKYO」のブランドは、マーケットに浸透してきていると思います。
桐生_「MADE IN TOKYO」が内部戦略というだけでなくブランドとしても浸透し、バリューチェーンが最適化されているという意味では日本HPは非常に洗練された企業運営を実現されている印象です。一方で日本を取り巻くビジネス環境は決して易しいものではなく、顧客企業が抱える課題も年々複雑化していっているように思います。もしかすると、「高品質な製品をスピーディーかつ確実にお届けする」だけでは顧客が抱える課題解決が難しい時代に突入しているようにも思いますがいかがですか?
堀井_仰る通りです。たとえば昨今では、「働き方改革」「生産性向上」などが企業経営の大きな課題でもありますから、法人向けのPCを市場に送り出していくにあたって本質的なニーズに向き合っていくことが必要です。そうしたニーズに応えるために、「モビリティ」と「セキュリティ」をキーワードに、「PCを売る」ということだけではなく、法人のお客様の働き方を変えていくための仕組みをトータルで提供する体制を整えていっております。
要するに、「モノを作って売っておしまい」という考え方ではなく、お客様のニーズに応えた「サービス」を提供できる企業へと進化していかなければならないと考えています。HPは、相当早い時期に、いわゆる「DAAS(ダース:Device As A Service)」の提供も開始しています(*3)。
*3:出典:日本HPプレスリリース, 2016/8/19
https://www8.hp.com/jp/ja/hp-news/press-release.html?id=2313622
桐生_これからの時代のメーカーは、「モノを作って売っておしまい」という考え方から脱皮していかなければ、お客様が求める価値を満たしていくことが難しいですよね。ポイントは、そのように、顧客ニーズに広く深く向き合い「サービス」を提供する企業に進化していこうとする場合、それに応じたマーケティング&セールスの仕組みも作り上げていかなければならないわけですよね。
堀井_そうなのです。一社一社のお客様(アカウント)が持つ本質的なニーズをしっかりと捉え、時には私どもも一緒になってお客様の新しいビジネスオポチュニティを生み出していくことが必要になってきていると考えており、そうしたことを実現するための「新しいマーケティングの仕組み」が必要になってきています。「PCの買い替え時期だから広告で効率よく刈り取ろう」とか、「新技術を搭載したPCができたから、フィットしそうな層を狙って広告しよう」といった古いマーケティング施策では、もはや、潜在的なお客様に対してマイナスの影響すら与えてしまうこともあると思っています。これからの時代においては、「顧客の本質的なニーズ」に沿って動いていくための仕組みづくりこそが重要だと思っています。
PCの販売においてだけではありません。顧客企業のさまざまな業務におけるデータ活用のエンジンとなるワークステーションの販売においては、顧客業務と顧客課題の深い理解が必要不可欠です。
流通小売のビジネスオペレーションに必要なPOSやシンクライアント端末の販売においても、セキュリティが絡みますから、お客様一社一社にあわせた丁寧な設計とデリバリーが必要となります。顧客のビジネス課題を深く理解していかなければ、メーカーとして付加価値を提供し続けていくことは困難な時代になってきているのです。
桐生_顧客に高い付加価値を提供していくには、深い顧客理解と、それに基づいてカスタマイズされたソリューション提供が不可欠ですよね。日本HPの中でも「働き方改革」「生産性向上」が求められているでしょうし、従来型の、営業マンが顧客企業に貼り付いてニーズを拾い上げていくモデルでは、物理的に対応困難なように思います。デジタル、とりわけデータを活用して顧客の深いニーズをとらえていくにも「言うは易し、行うは難し」の印象です。その壁を乗り越えることができれば、新時代にふさわしい強力なマーケティング&セールスモデルを築くことができる、ということであるわけですが。
堀井_まさにそれがテーマですね。未来を創造していくことをミッションとして掲げているHPとしては、 PCやワークステーションといった弊社の既存コア製品群の販売だけではなく、今はまだ需要創造期にありますが、「イマーシブコンピューティング」と呼んでいる没入型のコンピューティング環境、すなわちVRやAR、そして3Dの世界を実現するためのコンピューティング環境を市場に広げていくことも目指しています。そのためには顧客企業とともに、「何をどう使えば何がどこまでできるのか」ということを考え抜き、共にビジネスを創造していかなければなりません。そうして、顧客企業と共同でPoC(Proof of Concept/概念実証)を重ねていく中で、必要なピボットを経ながら、市場のあるべき姿が形成されていくのだと思っています。
このような局面においては、何より人間の思考力と発想力が求められるわけです。しかし、人だけに依存していては、市場の広がりやスピードに対応していくことは困難です。今後、こうした新市場におけるビジネスを広げていくにあたっては、デジタルテクノロジー・データを上手に活用していくことが不可欠だと考えています。
桐生_「社内の各部門の中に閉じた表面的な分析を行って、評論して、おしまい」では、せっかくのデジタルテクノロジー・データも、宝の持ち腐れになってしまいますよね。企業活動の中心に顧客の本質的なニーズをとらえるための基礎となるデータとデータを活用するプラットフォームを据えて、それを上手に使いこなす人材が顧客の本質的なニーズに統合的に向き合っている、という状況を作ることが、これからのデジタル時代に私たちが取り組むべき命題だと思います。
「10年経ったら日本HPはPCメーカーではないかもしれない」と、日本HP岡社長も仰っておられましたが、革新的な製品を次々と生み出している日本HPですから、顧客軸に沿って企業活動を統合していくことの重要性は高くなりますね。膨大な製品群を「顧客の本質的なニーズ」とリンケージさせていくことは難しいでしょうけれど期待感は高まります。
堀井_はい、実にやりがいがあり、身の引き締まる思いです。
そもそも、顧客企業が求められているのは、製品そのものというよりも、そうした製品によって実現される価値のほうなのですよね。例えば、プリンターという機械を求めている、というよりは、プリンターによって実現されるプリンティング環境、さらに言えば、進化したプリンティング環境が生み出してくれる「新しいビジネスの形」を求めておられるんですよね。
ですから、HPは、サブスクリプション型の「サービス」を提供していけるよう、かなり早い段階から、積極的に変化を進めてきました。顧客企業に「(HP製品を)所有していただく」のではなく「(HPと)契約していただく」ことを目指していこう、というように意識を変えてきたのです。いわゆるDAASモデルへの転換です。これは、顧客企業にとっても良いことずくめです。BSからオフセットすることもできます。自社の償却資産ではなくなりますから、いつでも、よりよいもの、新しいものに、スムーズに変えていくことができます。おまけに、デバイスをHPがモニタリングさせていただきますから、故障や寿命の予知も可能になり、常に快適な状態をキープすることも可能になるわけです。
このように、HPのビジネスは、「製品をディストリビューションしておしまい」といった典型的な製造業型ビジネスから、一社一社のお客様(アカウント)に長く安定的にサービスを提供し続けていく形のビジネスに変化してきているのです。それに応じて、マーケティングのありかたも大きな変化が求められています。具体的には、一社一社のアカウントと、より広く深い関係を築いていくためのマーケティングの仕組みづくりが必要になってきています。
桐生_企業としてさらなる成長を目指す日本HPということですが、マーケティングについてもさらなる進化が必要だ、というお話をお聞かせいただきました。それでは、現在実践しているマーケティングと、課題があればお聞かせください。
堀井_そうですね、まずは、あらゆるマーケティング活動の基礎として、HPの革新的なテクノロジーによって実現する「HP製品ならではの独自の価値」をマーケットに浸透させていくこと、そして、コミュニケーションの中で、提供価値をお客様と共に育んでいくということを大切にしています。法人向けのマーケティングでありながらコンシューマー向けのマーケティング的でもあると申しますか、「共感」を得ることを大切にしています。
桐生_2017年に手掛けられた「1時間勤務」のプロモーション展開も話題となっておられましたし、東京ファクトリー&ロジスティックスパーク(東京都日野市)やImaging & Printing Solution Center、HPカスタマーウェルカムセンター東京など、HP製品の価値をリアルに体感できる物理拠点の展開など、新しい取り組みを進めていらっしゃる印象です 。
堀井_そうですね。「心を動かすマーケティング」ということが、法人向けビジネスにおいても重要だろう、ということで、力を入れて取り組んでいます。革新的な製品ほど、技術的・機能的な説明から入ってしまうと、本質的な価値、ポテンシャルが伝わりにくくなってしまいます。お客様と共にイノベーションを創っていきたいという私たちが大切にしている価値観の発信をして、製品の機能的価値だけでなく情緒的価値が伝わるコミュニケーションを心掛けています。「今、HPはどんな価値を、お客様と共に実現したいと考えているか」といった語り掛けから顧客に寄り添っていくイメージです。
桐生_顧客のマインドの内側まで踏み込んだマーケティングを展開されておられるのですね。革新的な製品を取り扱ってらっしゃる企業においては欠かせない取り組みのように思います。法人向けのビジネスは「購買」に至るまでのプロセスに、提供価値への共感を結び付けていくこと、が課題になりそうですね。
堀井_今後、次のような領域に挑戦していきたいと考えています。マーケティングコミュニケーションを通じてHPのファンになっていただいた方々を、弊社が運営するECストアなどのダイレクトチャネルや、直営業部門または販売代理店・パートナーにつないでいく。場合によっては、セールスチャネルに引き渡す前段階で、もう少しお客様の「体温」を温める必要がある場合には、デマンドセンターの役割を担う部門につないでいったり。こういった連携をスムーズにするための仕組みを築く、といった領域においては発展の余地があり、チャレンジが必要と考えています。部門間の連携を実現するにあたっては、データが必要不可欠です。データを活用したマーケティング&セールス、サポートなど、より「顧客にとって価値のある企業」へと進化させていく必要があるな、と感じています。
桐生_このようなテーマに話が及ぶと、「デジタルを活用して業務プロセスをいかに効率化するか」といった製品・サービス提供側の企業視点で話が進んでしまいがちですよね。
堀井_その通りですね。業務効率化に目が向きがちですが、本来はお客様の本質的なニーズに会社が一体となって向き合っていけるようにすることだと思っています。デマンドセンターを構築してリードのデータを使って機械的に自動運用のマーケティング&セールスを実行するだけでは自社(提供側)の業務効率化にしかなりませんからね。
桐生_そもそも「刈り取り」という言葉自体、良い言葉ではありませんよね。あくまでもお客様の本質的なニーズのために、デジタルテクノロジーやデータを活用すること。この考え方を弊社DATA MIXOLOGYでは大切にしています。
初めに、データを活用してしっかりとした顧客理解を行い、インサイトを見抜き、ターゲットを特定した上で、デジタルテクノロジーの力を活用して人力では難しい広がりのコミュニケーションを実現する。なおかつ、個々の顧客に対して、できるだけタイミング良くできるだけカスタマイズされた価値を提供していく。こうしたことを実現するためにこそ、デジタルテクノロジーやデータは存在していると考えています。まさに、今回の対談テーマ「ABM(Account Based Marketing)」に相応しい考え方かもしれません。
堀井_弊社もABMには強い関心を持っており、実際にトライしながら、試行錯誤を進めている最中です。すでに、さまざまな課題が見えてきており、成功まで至らしめるのは簡単ではなさそうです。(後編に続く)
データ・デジタルテクノロジーを活用したマーケティングを通じて、
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